早矢仕ライスのぜいたく。

エッセイ
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ぜいたくだなぁ、と思う時ってどんなときでしょうか?

隆象
隆象

いろいろあるけど、やっぱり美味しいもの食べてるときですよね!

ということで、私が日本橋丸善で体感したことを記してみようと思います。

覚えているのは、子供の頃、ハヤシライスが食べ物の中で一番好きだった、ということです。
ソースが非常に美味しくて、広島のパン屋さんのアロフトさんでいつも食べていました。

気になったので、最近調べたのですが、丸善の創業者の方が、このハヤシライスを発明したそうですね。その創業者が早矢仕(はやし)さん、ということでそれが由来のようです。

よく丸善さんを利用していて、先日、日本橋丸善の「丸善カフェ」にて早矢仕ライスを食べてみました。

ほっぺた落ちそうでした。ひょっとしたら落ちたかもしれません。

もちろん、丸善カフェという空間が前提としてありますが、なんだか幸せな気分になりました。

なぜそんないい気分になったのか、考えてみたので、書いてみます!

早矢仕ライス

早矢仕ライスは、地元の有志を30人が集まって、メンバー全員が美味しいと思う早矢仕ライスをつくる、ということでできたものだそうです。試行錯誤を繰り返したうえで、できたとのことで、料理名になるくらいですから、相当の研究を重ねたのだと思います。

感じたこと

早矢仕ライスを食べた時にハッピーとかぜいたくとかを感じたわけですが、なぜかと聞かれた場合、多くの方々は「早矢仕ライスにはこだわりと歴史がある」とか「早矢仕、という名字が名前になっていてかっこいい」とか、そういうことを答えるかもしれません。
たしかにそのとおりですよね。
ですが私の場合は、なぜか、そのこだわりのソースをスプーンで拭って食べている時に、それを感じました。早矢仕ライスのソースが、皿にかかっているわけですが、銀のスプーンでは何度やっても、ソースが残る。なるべく皿の地肌がのぞくまで、食べ尽くそうと、気がついたら躍起になってスプーンで拭う。
そういうときになぜかハッピー感を感じましたね。無心になって、一つ残らず全部食べることの幸せ。これはなかなかにぜいたくなことだと思います。しまいには、サイドにあったサラダのきゅうりを使って拭う。白いご飯を食べすぎないように、ソースと絡めながら配分を考えて食べる。ちょっとした工夫で、そのソースを味わう量が増える。
そういうのが、なんかいいんですよね。

もちろん、残さず食べろと教育を受けてきたので、どんな料理が出ても、できる限り残さず食べようと思っているのですが、でも美味しいソースとかだと、積極的にそれが主張できる。この感じがぜいたくだ、と思いました。

スープと皿がこすれるときの音。その触覚。なんかぜんぶ、心地よかった。

ルーツを食べるということはそういうことなのかもしれませんね!

また食べよう!!!

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